書いた小説をのせています。

てきとー日記

 ミスチルの桜井になりたい。小学三年生のとき、父さんがカラオケで歌っていた歌を聞いてからそう思ってる。桜井になれば、僕が給食の時間にちょっと歌えばクラスのみんなが泣いちゃうのだ。だからミスチルの桜井になりたい。

 母さん、今日って何曜日だっけ。今日は、ええと木曜日やね。ふーん、ありがと。なに、隆樹またランドセル昨日から置きっぱなしなんやろ、前の日の夜にちゃんと次の日の準備しときなさいよって母さん毎日言っとるやん。は? そんなんじゃねーし。もういいから早く着がえてきて、総一郎君来ちゃうよ。

 うるさいうるさい。総一郎なんか今日学校休めばいいのに。木曜だから、国算道徳道徳体か。教科書少なくてよかった。理科の教科書を出して、心のノートを入れておしまいか。はー終わった終わった。総一郎早く来ねーかな。

 ピンポンが鳴って玄関を開けると、雪が結構積もっててちょっとびっくりした。総一郎が長靴をはいていてだせーと思ったから、僕はいつものスニーカーで行くことにした。長靴なんか都会の甘ったれが履くもんだ、と僕はその日の総一郎を見て初めて思った。

 総一郎、あれ見してよ。あれって何、俺んちの金魚? ちげーよ、金魚なんて学校にもおるわ、違うってあのあれ、算数の練習7。あー練習7宿題か。なんや、じゃあ裕也君に見してもらうわ。うん、裕也君ならやってるよ。

 ねえ。なんや、まだ宿題あったん? いや、違う、あのさ、今日も絵美の悪口言うのかな。わからん、あいつが言えばするんじゃん? 僕らが決めることじゃないやん。うん、まあ、そっか。

 猛スピードで横を走り抜けていった車が僕らに水が混じってびちょびちょの雪をかけてくる。すねあたりまで冷たくなった。靴下もだいぶ濡れてしまったかもしれない。僕も車で通いたい、と心の底から思う。裕也君は過保護だから多分親に送ってもらってるんだろうな。あーあ、沖縄に住みてえ、それかせめて東京だな、うん。

 

 

 教室に入るといつも通りの感じで胃がむかむかした。絵美の今日のスカート、みっじかくない? しかも水色とかなんなん? 子供くさ、あの子足太いんやからさ、マジ何のために見せとるん、って感じ。由衣の高い声が女子の集団の中でも一段と響いて、教室を呑みこんでいく。絵美には聞こえてるんだろうな、と思う。聞こえてても聞こえてなくてもどっちでもいいのかな。絵美は自分がからかわれてることなんかとっくに知ってるだろうし。そういうキャラだからしょうがない、って半分諦めてるのかな。たぶんあいつらが絵美の目の前で同じことを言ったとしても、ごめん、とか笑いながら言うんだろうな。別に謝ることもねえし、しかもへらへらしながら言ってんじゃねえよ、考えるだけでむかついてくるから僕は何も聞かないことにする。僕はなんも関係ないんだけど、僕は僕であることがだんだん嫌になってきて、またおなかがきりきりと痛くなってくるんだ。

 

 

 国語と算数と、まあなんとなくこなして道徳の時間。この時間がいちばんなぞ。マジ、こんなことやって中学入って役に立つのって感じ。班で話し合ったりするのも嫌だ。ほかの人が何を考えてるのかちゃんと聞きましょうって、先生はいつも言うけど、みんないい子ちゃんな意見しか言わないに決まってる。けれどそれはお互い様だとは思う。僕も将来の夢はミスチルの桜井じゃなくて、公務員って答えた。由衣はすぐにぼそっと、つまんなって言ってた。なんでクラスみんなの前でそんなこと言えるのか、僕には全然わからなかった。

 最近は由衣だけじゃなくて、もっとみんなが何考えてるのかわかんなくなった。多分絵美をいじめるのが始まってからだと思う。道徳の時間なんかで習わなくても、いじめはよくないってみんな知ってるはずなのに、でもみんな絵美だけはウザいから、そういうやつだから悪口言っていいと思ってる。もしかしたら僕だけが道徳を身に着けた、ちゃんとした人間なのかもしれない。先生は心のノートの中の、いじめに関するページを音読していた。クラスがちょっと荒れてるから、そういう話を選んだんだろう。でもそんなこと言ったって、聞かないに決まってる、だってみんな怪物なんだから。もうこんな田舎は嫌だ、こんなやつらと一緒の中学上がって、高校も大体同じで、そんな決まりきったコースなんか辿りたくない。僕は、そうだな。僕を見に来る人で武道館をいっぱいにしたい。

 

 

 早く今日一日を終わらせたい。だから掃除も急いでやる。適当に半面を掃いていち早く机を移動させに行く。僕が動かし始めるとほかの人もつられて運び出すからなんだかおもしろい。あそこの一列だけ全然運んでないじゃん、なんかきもちわる。僕が運んでやろうか。机に手をかけると、黒板を消していた由衣が突然、そこ絵美の机じゃん、絵美菌うつるよ、きったなとか言ってきた。反射的に手を引っ込ませると、なんだか本当に机がぺたぺたしてるように見えてきて、小指に乳酸菌みたいな細くて白いカスみたいなものが指についてて、そういえばあいつ汗かきだから引き出しとかなんかやばくね。そう思うと机が運べなくなってしまった、いやそもそも触れなくなってしまった。僕はぞうきんをもったまま校舎を一周した。生徒全員がはいつくばって掃除しているのがなんか面白かった。そのまま階段を降りて、家まで帰ろうかと思ったけど靴がまだ濡れている気がしたから教室に戻った。絵美の机を普通の顔して運んでいる総一郎がいて、意味が分からないと思った。

 

 

 おい、帰りの会するから席に着け。いいから早くしろ。ええと、日直の人、今日は何か変わったことはありましたか。特にないですか、ありがとう。んーと、みんなちょっとだけ先生に時間くれるか。今日は、ちょっと、齊藤絵美さんからお話があります。なんだよ、早く帰らせろよ、僕は帰って寝て、それから吐きたい気持ちなんだ。声にならない。ただ小さく、ううということしかできなくて、この気持ち悪さがなおるまではこんな声しか出せないんじゃないか、と怖くなる。じゃあ、絵美。はい。

「私のこといじめるの、やめてください」

 ずるい、と思う。今までなんも言わなかったくせに。そうやって、いきなり、みんなに向かって。うううずるい、

 ありがとう、そういうことだから。先生、こういうことがあってすごく残念やけど、悪いことしたと思ってる人は今謝れば許してくれるそうだから。じゃあ、ちょっとみんな立って、そういうことしてた人はごめんなさいしましょうか。いきますよ、せーの。

 ごめんなさい。とてもたくさんのごめんなさい。僕はびっくりして思わず頭を下げてしまって、そのあとで本当に心の底から、絵美菌なんて信じちゃってごめんなさい、と思った。僕は、そう、バカだと思う。頭が下がっているから血が逆流して、心臓がバクバクしているのが良く聞こえてうっとうしい。

 気になって横目で教室を見渡してみると、ほとんど全員が頭を下げていた。みんな、バカだな。謝るくらいなら最初からやらなきゃいいのに、本当にどうしようもないやつらだ。由衣なんて絶対にいやいや頭を下げているに決まってるんだ。だって、平気であんなこと言えるやつなんて罪悪感とか、そういうの最初からないんだと思うし。同じようなやつらが今謝ってる中でどのくらいいるんだろう、あいつとあいつ、三人くらい、いやもっと? だめだ怖い怖い、謝ってるのはみんなうそつきだ。あれ、総一郎が立ったままだ、なんだよあいつくそ、ずるい、机運んだくらいでそんな。少しも、一点も悪いところがないっていうのか、机運んだだけで。もうなんなんだ、何考えてるのかわかんないよ。何も考えていないのか? どうしたらいいんだ。教えてください先生。そうか、怪物。ドラゴンみたいな怪物が泣いている。満足できなくて、それでもドラゴンだから、自分だけじゃどうしようもなくて泣いている、かわいそうに。腹を空かしてるんだったら、僕を呑み込んでくれていい、その代わりに、お腹のなかから考えてること、少しのぞかせてもらいたい。

 そう思ってから、僕はミスチルの桜井を目指すのをやめて、アベンジャーズのハルクになりたいと考えるようになった。ドラゴンをばったばったと殴り飛ばしたいからね。

おわり